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「ただ神に感謝」

説教ノート No.18                      2023.6.4 

聖書箇所 ローマ人への手紙7章14節~25節


序 論

 パウロは、前段落において律法と罪との関係について語った。それは、神の定めた聖なる律法であってもそれが機能すると、人間の罪を指摘し、支配し、死にまで追いやるという事実であった。パウロは、さらに続けて一般論ではなく「罪」と「私」の複雑な関係、すなわち人の心に内在する罪の実体、現実を自分自身のこととして告白していくのである。そこには、彼の誠実な自己洞察の姿と、そこに及ぶ救いの原理が見えて来るのである。


本論1  二つの「わたし」 (7:14-20)

先ずパウロは「自分のしていることが分かりません。」と苦悩に満ちた言葉をもって自分自身の現実を告白している。それは①「自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っている」(15節)という自己矛盾であり、②律法を認めようとする自分と、律法を破ろうとする自分、すなわち内なる二つの「わたし」における相克の苦しみであり、さらには③自分自身に善の内在がないことへの悲痛な叫びである。しかし、これは私たちが自分を厳しく見つめるときに見えてくる自分自身の現実ではないだろうか。さて、ここで一つの質問が起こる。それは、この告白がパウロの回心前か、回心後のことか、ということである。多くの学者が各々の解釈を唱えているが、私は回心前・後双方を貫く叫びであると理解している。それは、救われた者は罪赦された立場にあっても罪を犯さない完全な者になった訳ではない、日々誘惑に翻弄され、失敗し、後悔の連続でもある。しかし、私たちは完成を目指す聖化の途上にある者として、継続的な罪の自覚と悔い改めによって、律法と死の束縛から解放されていることを確かめ、恵みの信仰に立ち続けることが出来るのである。


本論2   二つの「原理・原則」 (7:21-23)

 次に、パウロはこの深い苦悩の中から二つの重大な原理を見い出すに至ったことを証言している。それは①「善を行いたいと願っている、その私に悪が存在するという原理を、私は見出します。」(21節)と説明していが、まさに人間の中に存在する罪の支配原理である。さらにもう一つの原理は、②神の律法を喜び、それに従おうとする心の律法原理」である。これは神の法則とでも言い換えることができ、神が人の心を支配する原則を意味していると言えよう。つまり人間の心の内側で、この二つの相矛盾する原理が葛藤し、心の中で戦い合っているので心に苦しみが生じてくるのである。これは一般的には良心の葛藤として受け止められる傾向があが、この「良心」は善を志向する心のことではなく、あくまでも相対的、変動的な善悪の判断基準のことである。そして、人間の心の内に生じるこの二つの原理の葛藤・相克は、人間を支配する罪に本質的原因があることをパウロは判断しているのである。私たちは日常の信仰生活において経験する自分の弱さや自己矛盾、葛藤を、自責の念の中に押し込むのではなく、感情的にとらえることなく、その原理を冷静に把握し、神の処方をしっかりと判断してそれを得ていきたい。


本論3 キリストゆえに、ただ神に感謝 (7:24-25)

 最後に、パウロの口からかつて聞いたことのない言葉が発せられていることに注目しよう。それは、彼が「私は本当にみじめな人間です。」との独白であり、「だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか」という悲痛な叫びである。これは驚きであり、私たちの心にも迫るものがある。しかし、冷静に受け止めると、この言葉には生きることへの誠実さや霊的自己洞察の鋭さが表れていると言えよう。そして、同じ彼の口から「私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します」と一変した感謝の言葉が溢れ出ていることは、私たちも大きな励ました希望ではないだろうか。自身の罪の現実から、キリストにおける神の救いに目を移した時、信じる者の心に感謝と喜びが込み上げて来るという信仰原理がここにあると言えよう。確かに私たちは、信の心では神の支配原理に仕えて生き、肉においては罪の支配原理の制約の中で生きている。しかし、これは矛盾ではなく、聖化の過程における緊張関係であると言えよう。私たちは天国に召されるまでの間、この現実の中に生きる者として厳しい苦悩を経験する時がある。しかし、信仰義認の事実は変わらず、聖霊による力と励ましを得て勝利の生活へと導かれることを忘れてはならない。この信仰生活の醍醐味を味わいながら歩み続けよう。


結 論

 信仰生活の醍醐味は「感謝」である。自分の弱さや信仰の揺らぎに囚われて萎縮してはならない。私たちがキリストの救いと聖霊の導きに目を向ける時、律法主義に縛られた自己評価は退き、ただ神への感謝がこみ上げてくる。これこそ自由で大胆な信仰生活の視点である。試練と困難の中でも喜びと感謝は私たちのものである。

 

御言葉に対する応答の祈り

①葛藤の緊張関係を罪と誤解せず救いを感謝しよう。        

②キリストの救いと聖霊の力に信頼して進もう。

 

次回説教

 聖書箇所 ローマ8:1~11

 説教題 「いのちの御霊の原理」


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