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「キリストの自由人」

2025年7月15日
読了時間: 4分

説教ノート No.18                     2025.7.13


聖書箇所 コリント人への手紙第一 7章17~24節


■序 論

 パウロは、前段落で「結婚」と「独身」という事柄を取り上げ、コリントの人々にキリスト者としての生き方、その判断の在り方について教え、世俗化と肉欲に埋没することなく、教会も、各個人も聖化の途上を成熟に向けてそれに相応しく生活するよう勧告してきた。続いて、キリスト者のこの世における生き方について、その一般原則を掘り下げて教えようとしている。


■本論1 召された状態で (7:17)

 パウロは、先ず「ただ、それぞれ主からいただいた分に応じて、また、それぞれ神から召されたときのままの状態で歩むべきです。」と語り、20節においても同じ意味の言葉を重ねている。これは私たちの信仰生活における状況判断や、選択において、自分が何者であるかというアイデンティティーから繋がる大切な言葉でと言えよう。文脈上の意味は、キリストから受けた恵みの信仰のあり方は、ユダヤ人キリスト者も、異邦人キリスト者も、それぞれ自身の背景を認め合い、それを尊重し合って互いに信仰生活を保ちなさいということである。自分の社会的立場や生活環境をむりやり変えるよう必要はなく、信仰を告白した時点での立場や環境を受け入れ、感謝して、そこで如何にして神の栄光を現すことが出来るかを求めることが大切であると教えていると言えよう。私たちキリスト者の生き方は、現実の状況から遊離して理想だけに走るものではない。自分が向き合う現実をも神の賜物として受け入れ、それを踏台にして成長し、聖化の途を進むのである。


■本論2 割礼を受けた者と奴隷について (7:18-21)

 次に、パウロは上記に関する具体的例として二つの事柄を取り上げて説明をしている。第一には「割礼」の問題で、ユダヤ人キリスト者に対して「その跡をなくそうとしてはいけません。」と語り、異邦人キリスト者には「割礼を受けてはいけません。」と勧告している。本質論からすると「割礼」の有無でキリストによる救いが左右されるものではない。故に自分の救いへの経緯を恥じることや、他者の信仰のあり方を否定することは恵みの信仰には相応しくないのである。第二のことは「奴隷」の問題で「そのことを気にしてはいけません」(7:21)と勧めている。ローマ社会においては「奴隷制度」が現実としてあり、コリント教会にもローマの市民権をもった自由人と奴隷の立場の人がいた。しかし、教会においては、社会的立場は違っても、一人一人の存在の価値は神の前に平等で尊いものである。私たちは主にある自分自身の存在価値を尊び、感謝するものでありたい。


■本論3  キリストの奴隷 真の自由人 (7:22-24)

 さらにパウロは、奴隷の立場を気にする必要のない最も重要な根拠を明らかにしている。それは「主にあって召された奴隷は、主に属する自由人であり、同じように自由人も、召された者はキリストに属する奴隷だからです。」(7:22)という言葉がその本質を表していると言えよう。改革者ルターはその著「キリスト者の自由」において「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であってだれにも服しない。キリスト者はすべてのものに仕える僕であってだれにでも服する。」と記している。キリスト者のマグナ・カルタ(自由大憲章)的思想と言えよう。私たちは出生によって決定される社会的地位・立場を超え、イエス・キリストの十字架によって、私たちを束縛するすべてのものから解放され贖われているのである。ならば自分の価値判断に振り回されて一喜一憂することなく、また肉の奴隷となることなく、真の自由人としてキリストに仕えていきたい。


■結 論

 私たちに大切なことは、何よりも恵みの信仰によって自由を与えられ、自由の人とされていることを自覚し感謝することである。その上で、自分自身を受容し、自分に与えられている賜物に感謝し、置かれた状況や環境に適応しながらたくましく生きて行く者でありたい。さらにはキリストの奴隷・下僕を自覚しつつ、隣人と社会に仕える者となろう。世の光、地の塩として。

■御言葉に対する応答の祈り

①キリストの自由人として責任ある生き方をしよう。  

②キリストの奴隷として仕えるものとなろう。

■次回説教

 聖書箇所 Ⅰコリント7:25~40

 説教題  「信仰による判断」 


 
 
 

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