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「一つとされる喜び」

  • 2024年9月14日
  • 読了時間: 4分

更新日:2024年9月22日

説教ノート No.2                     2024.9.15

聖書箇所 コリント人への手紙第一1章10節~17節


序 論

 パウロはこの手紙の冒頭でコリント教会に対する親愛の情と配慮を込めた挨拶の言葉を伝えた。そして、ここからこの手紙の本旨へと筆を進めることになる。その最初の内容は「教会の一致」の問題であった。教会がキリストのからだとして建て上げられるためには、そこに連なる者たちが心と思いを一つにする「一致」が不可欠であるが、その意味するところを私たちも共に学び、豊かな教会の一体性を経験したい。


本論1 一致への願い (1:10-11)

 パウロは、クロエ家の者(女性名詞クロエはエペソとコリントを頻繁に往来する職業婦人。その家の家族か使用人でクリスチャン)から知らされた、コリント教会内部における分裂と争いという憂うべき現状に対し、「兄弟たち」と呼びかけ一致を懇願している。神の恵みによってキリストとの交わり(コイノニヤ)に入れられ、それを共有する者が互いに相対立し、分裂してしまえば、神の恵みを自ら放棄してしまうことになりかねない。それゆえ、心痛めるパウロは仲間割れせず同じ心同じ判断で一致してください。と切実に勧めるのである。もちろん皆が画一化せよということではない。互いの多様性や違いを認めつつ、信仰の中心点においては堅く結び合わされていくということである。彼が力説する「一致し」を直訳すると「語ることを一つにし」となるが、互いに肉の主張をするのではなく、十字架の福音を語ることにおいてのみ教会は内に堅く結集されていくのである。私たちもこの教会論の本質を見失ってはならない。


本論2 分裂・分派の原因 (1:12)

 次にパウロは、分裂・分派の原因を解明し、そこにメスを入れている。それは「~につく」「~に」と四人の固有名詞と結びつけて、彼らの信仰が人間関係に結びついたものとなり、人の人気や注目度が信仰の対象になってしまっていたのである。①パウロ派は主に異邦人グループで、パウロの説く律法からの解放・自由を放縦とすり替えて好き勝手をし、自己を正当化していた。②アポロ派はアレクサンドリア学派に傾倒し、キリストに対する信仰を知性や哲学の領域でしか捉えなくなっていた。③ケパ(ペテロ)派はユダヤ主義者で、救いには律法遵守が不可欠と信仰義認を水増しするものである。④そして最も問題なのがキリスト派である。彼らは自分たちだけが真のキリスト者で正しい者であると主張し独善的になっていた。キリストに属すると言いながら実は正当化の道具にしていたのである。いずれにも共通していることは自分が正しいし、他者を支配して影響下に置こうとする肥大した「自意識」である。そのためにはささらに影響力のある者の力を利用しようとする罪人の力の連鎖があると言えよう。内省を忘れてはならない。


本論3 十字架を鮮明に (1:13-17)

 最後にパウロは、教会の一体性の大切さを強調するために三つの疑問とそれを否定する答えを期待して、彼の主張を明確にしようとしている。それは、①問:キリストが分割されたのか。答え:教会のかしらであるキリストは永遠に唯一である。②問:十字架にかけられたのはパウロか。答え:十字架の贖いの業はイエス・キリストのみによる。③問:バプテスマはパウロの名前によるのか。答え:ヨハネのバプテスマでも、パウロのバプテスマでもなく、主イエスの御名によるパプテマスこそ救いのしるしである。つまり、パウロはコリント教会に信仰告白の中心点を再確認させ、教会の土台を堅くしようと「キリストの唯一性」「十字架の贖い」「救いのパプテスマ」の3点を指摘したのである。教会の一体性は人の言葉の巧みさやその影響力を求心力とするのではなく、上記の信仰告白を皆が心と思いを一つして宣言することで初めて築かれていくことを忘れてはならない。そして、それは教会が十字架を鮮明に掲げることでもある。


結 論

 人間の造り上げる組織は人の権威付けと力によって築き上げられ、それはやがて内側から崩壊するというのが歴史の事実である。バベルの塔の現実である。地上の教会にも人間組織の側面があり様々な制約や欠けがある。しかし、教会がエクレシア(神によって呼び出された者の群れ)となるには、その中心点にキリストの十字架を据え、それを共に仰ぐ一体性を必要としている。それを「人」にすり替えてはならない。

御言葉に対する応答の祈り

教会のかしら主イエスを共に仰ごう。

一致の要が十字架の福音であることを覚えよう。

次回説教

 聖書箇所 Ⅰコリント1:18~31

 説教題  十字架のみを誇る


 
 
 

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