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「愛による判断」

2025年8月12日
読了時間: 4分

説教ノート No.21                     2025.8.10


聖書箇所 コリント人への手紙第一 8章7~13節


■序 論

 前段落において、パウロは「知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます。」という原理を強調するために、「唯一の神以外には神は存在しない」との神論を確認し、「偶像にささげた肉」を食することの是非を丁寧に論じてきた。次にその知識に基づいて食する自由の行使が、それを食しない人の良心にどのような影響を与えるかを慎重に判断しなければならないことを教える。愛による判断と選択に価値があることを学ぼう。


■本論1 つまずきにならないように (8:7-9)

 先ずパウロは「ある人たち」(8:7)に対する配慮が必要であることを語っている。この「ある人たち」とは、言うまでもなくユダヤ人キリスト者たちのことであり、彼らは旧約律法を重んじ、偶像礼拝を徹底して拒否し、それへの供物を口にすることは決してなかったのである。ところがギリシャ文化を背景にその知識を誇り、自由を謳歌しようとする異邦人キリスト者たちは、窮屈で不自由にしか見えないユダヤ人信者のことを見下げて「弱い良心」「弱い人たち」と呼び、その弱さを教育し自由を体験させようと偶像供物を食べるよう勧めたのである。そうすると「弱い人たち」と称されるユダヤ人たちは、自由意志ではなく反発や強制を感じながら食べるので、彼らの宗教的良心は傷つくことになってしまう。これは食する自由とその権利を主張しても、同じ権利を持ちながらそれを行使しない人を傷つけ、その権利や自由まで奪うことになることを知らなければなせない。教会の交わりにおいては、互いにこの自覚と配慮を失ってはならない。


■本論2 知識が人を滅ぼす (8:10-12)

 次にパウロは、何がどの様に「弱い人たち」のつまずきとなるか、その実例をあげて自らの知識を誇り他者を傷つける人々の誤りを指摘している。旧約律法とその生活習慣のない異邦人たちは、偶像にささげた肉を食しても汚れることはないと考え、偶像祭儀の食卓で得意げにこれ見よがしに食事をしていた。ところが、それを目撃した「弱い人たち」つまりユダヤ人は「それに後押しされて(力を得て)」(8:10)偶像にささげた肉を食べることになる。その結果、彼らの純粋な信仰がやがて妥協的になり、偶像礼拝へと陥る危険性が高くなるとパウロは指摘するのである。それは兄弟を滅びに向かわせる大きな罪であり、引いてはキリストに対する罪であると厳しい言葉で忠告している。私たちは律法から解放され、全てのことに自由が与えられていることは確かであり、信仰によって与えられる恵みと特権である。しかし、それが他の兄弟・姉妹に誤解やつまずきを与えるようなことでは本末転倒、私たちは自分の行いに他者に対しても、神に対しても責任があることを自覚し、神の栄光と教会の徳を高める者として整えられて行きたい。


■本論3  愛による判断 (8:13)

 最後にパウロは、コリント教会への勧告を自分自身も心がけていることを表明し「兄弟をつまずかせないために、私は今後、決して肉を食べません。」と断言している。これは単なる思い付きの決心ではない。これまで彼が実行してきたことである。パウロは自分に与えられている自由や権利を「兄弟」への配慮をもって行使し、必要であればそれを喜んで放棄して来たのである。また同じユダヤ人たちへの深い同胞愛があることも見落としてはならない。そして、彼はその模範をイエス・キリストの十字架の自己犠牲・自己否定の姿に見ていたに違いない。人間の肉の判断は自分の利害と都合を最優先させていくが、私たちが自分への十字架の意味を知り、悔い改めて信仰に立ち返り、自我が砕かれた時、私たちにも愛による判断力が与えられることを覚えよう。そして、必要な時には自分の権利を愛のゆえに放棄する勇気と決断力が鮮明になり、そのための行動が出来るよう祈る者でありたい。


■結 論

 「愛による判断」これこそキリストの教会において優先されるべき判断基準である。教会は罪赦された罪人の群れであり、人間関係のつまずきの石はどこにでもある。私たちは理想化された虚像を教会に求めるのではなく、この現実を認めつつ、キリストを模範として互いに兄弟・姉妹の徳を建てる交わりを築いて行きたい。これは互いに要求することからではなく、共にキリストに学ぶことから始まるのである。

■御言葉に対する応答の祈り

①つまずきではなく徳を建てられるよう祈ろう。

②権利の主張から愛による放棄の視点に立とう。

■次回説教

 聖書箇所 Ⅰコリント9:1~18

 説教題  「権利と報酬」 


 
 
 

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