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「復活の事実」

  • 4 日前
  • 読了時間: 4分

説教ノート No.34                    2026.6.28 



聖書箇所 コリント人への手紙 第一15章12~28節


序 論

 主イエスの復活は十字架による救いを保証し、信じる者に永遠のいのちと復活の希望を約束するものである。私たちは聖化の途上において、この確信を信仰と信仰生活の揺るがない基盤として生きるものでありたい。私たちは、大いなる恵みの賜物を感謝し、死と滅びから解放されていることを喜び、そして、主イエスの復活を宣言する者とされたい。


本論1 復活がなければ (15:12-19)

 覇権国ローマ帝国下のギリシャ、そして、そのコリントはヘレニズム文化(ギリシャ文化とオリエント文化の融合)が大きく花開いた世界都市であった。そこに強く影響を与えたのがギリシャ哲学であり、そのストア学派は「霊は善、肉は悪」という徹底した二元論に立ち、肉体は悪の根源であり、魂を束縛する牢獄であるとの人間観を持っていた。その立場からすれば、不老不死や肉体の復活などは強く否定されるものである。しかし、パウロは復活の事実を力強く弁明する。死者の復活がなければキリストの復活はなく、宣教の業が実質を失い神に逆らう証言をしたことにもなると語っている。しかも、もし「復活」がなければ信仰そのものが空しくなり、自分が世の中で一番哀れな者になってしまうとも強調している。このパウロの言葉は「復活」が人間の思弁や哲学を越えて確かなものであり、信仰の基盤そのものであることを教えていると言えよう。私たちが主イエスの復活を知り信じることがなかったなら、未だに私たちは死と滅びに恐怖する闇の中に置かれ、救いの喜びや、永遠のいのち、復活の希望は無い者であった。


本論2 復活の事実とその意味 (15:20-23)

 次にパウロは、復活の事実とその意味を明らかにするために「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」(15:20)と高らかに宣言している。死に対する大いなる勝利と希望の言葉である。イスラエルの祭儀においては「初穂」を捧げることはその全体を献げることを意味した。それゆえ初穂」であるキリストの復活はそのいのちに連なるキリスト者全体の復活をも意味するのである。かつて私たちは始祖アダムに連なる原罪の縄目の中に縛られ、その結果である死と滅びを経験しなければならない者であった。しかし、私たちが自分の罪を悔い改め、キリストの十字架と復活を信ずる信仰によって義と認められ、キリストのいのちに連なることで、もはや死と滅びの恐怖から解放され「復活」を待ち望む者とされているのである。そして時間的順序は、過去におけるキリストの復活と、将来のキリストの再臨におけるキリスト者の復活の順である。聖化の途上、復活を希望に歩もうではないか。


本論3  終末における復活の主(15:24-28)

 最後にパウロは、終末における希望を明らか宣言している。それはキリストが神に敵対するあらゆる支配、全ての権威、権力を滅ぼし、それを神の完全な支配の下に置かれるということである。私たちの目に映る世界の現状は、権力者・為政者の横暴、戦争と犠牲者、富の略奪と貧困、不正と差別など様々な矛盾や不条理が即時に目に耳に飛び込んで来る。しかし、我が物顔で悪が幅をきかせることもやがて必ずピリオドが打たれ、さらには「最後の敵として滅ぼされるのは、死です。」(15:26)と最終的な完全な勝利宣言がなされる。私たちはここに人間(神に背を向ける)が誇る強大な権力も、さらには人間の最も恐るべき敵である「死」も、キリストがご自分の復活によって完全に滅ぼされ、その御手に支配されることを私たちの終末的信仰理解の中核として確認しよう。そして、私たちがあらゆる束縛と恐怖から解放され、自由にされ、キリストのものとされていることを心から喜び感謝しようではないか。

結 論

 醜い芋虫がやがて美しい羽を駆って飛び立つように、聖化の途上にある私たちにも復活希望、そして栄化の誉が約束されている。そして、主イエスの十字架と復活の事実がそれを保証し続けることを忘れてはならない。私たちはこの約束を握りしめ、自身の信仰生活の過程において経験する様々な試練や困難においても常に希望に向かって歩み続ける者となろう。「練られた品性が希望を生み出す」ローマ5章4節

御言葉に対する応答の祈り

死に対する完全な勝利に感謝しよう。

復活の希望を握り、栄化を目指し前進しよう。

次回説教

 聖書箇所 Ⅰコリント15:29~49

 説教題  復活の希望」 


 
 
 

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