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「真のさばきは」

  • 2025年5月24日
  • 読了時間: 4分

説教ノート No.14                    2025.5.25


聖書箇所 コリント人への手紙第一 6章1節~11節


序 論

 コリント教会が内側に抱えた問題は「分裂・分派」そして「不品行」の事実であったが、この6章に入って「不正・詐欺」と、それをめぐる「訴訟」の問題が論じられている。私たちは教会を理想化して現実から目をそらすのではなく、地上の教会がキリストの共同体として失われた秩序をどのように回復していくのかを問い、求めるものでありたい。問題多き教会の希望は何かを学ぼう。


本論1 不正に対する訴えについて (6:1)

 先ずパウロはこの6章の冒頭で、悲しいかなコリント教会には「仲間の者との争い」があると指摘している。8節によれば「不正な行い」「だまし取る」という表現で説明されており、これは明らかに詐欺行為のことであって、教会内の人間関係においてこの様な悲しむべき現実があったことが分かる。さらにそればかりでなく、いやもっとコリント教会にとって重大な問題であったことは、その不正や詐欺行為に対する教会の処理能力、信仰的自浄能力、つまり教会コンプライアンスにおいて全く未成熟であり、信仰的判断、善処策が機能していなかっであった点である。パウロがこれについて1節で「それを聖徒たちに訴えずに、あえて正しくない人たちに訴える人がいるですか」と言うように、彼らは教会の中で起こった事件を教会内で健徳的に解決しょうとせず、世俗の裁判官にそのまま訴え争っていたのである。もちろんパウロは世の裁判所や法の秩序を否定しているのではない。しかし、教会内の問題であるならば教会が信仰的に解決すべく努力しなければならない。それは法律の秩序を超えた神の基準に従い、真の悔い改めと赦しに導くためである。私たちの視点を世の常識に計る以前に、神の秩序と信仰に基づくようにしたい。


本論2 聖徒が世界をさばく (6:2-6)

 次に、パウロはコリント教会が世俗の法的手段ではなく、その霊的視点を高め、本末転倒の誤りを正すために「聖徒たちが世界をさばくようになることを、あなたがたは知らないのですか」と諭すように語っている。これはキリスト者がやがて裁判官の地位を占めるということではなく、イエス・キリストの再輪の時、世の終わり、すなわち終末論的には、聖徒たちがキリストとともにこの世をさばき、キリストと共にこれを支配することを意味していると言えよう。聖書が一貫して教えるところである。それなのにコリント教会は、父の妻と同棲するという不品行の罪を黙認しながら、教会内部における不正の利害対立を世俗に持ち出し、神を知らない裁判官に裁決を請い、世に恥をさらしていたのである。私たちはキリスト者の自覚と誇りを持ち、キリストのみからだなる教会として信仰による自治と秩序を貫いていきたい。


本論3  教会をキリストのものにせよ (6:7-11)

 最後に、パウロは教会に対して「そもそも互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です」(6:7)と鋭い言葉をあえて用いて語りかけている。彼らは、訴訟を起こし裁判に勝って少しでも多くの損害賠償を自らのものにしようと計算したのであろうが、自分を正当化し互いに訴え合うことそのものが「すでに敗北」である。しかも「完全な敗北」「全き損傷」なのである。しかし、逆に教会の徳を建て、神の栄光を表すことは何であろうか。パウロはそれを「なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか」と逆説的に教えている。キリストの教会を貫く原則は十字架が象徴する「神の赦し」「犠牲愛」である。そして、それをすでに受けている私たちが求めるものは、他者を否定して自分の正しさを主張することではない。あるいは利害関係が対立する相手に対して強引に損害賠償を要求することでもない。互いに赦し合い、愛を与え合うことではないか。キリストがなされたように。


結 論

 教会には互いを尊重し秩序を保つための教会規則がある。さらには法の秩序を超えた神の赦しの原則がある。私たちは不正に対する厳正な態度を貫きつつ、互いに愛し、互いに赦し合うものとなりたい。その時、教会は生けるキリストの十字架と臨在を証しするものとされるのである。自分の正当性がキリストの十字架に隠されていく交わりを築いていきたい。

御言葉に対する応答の祈り

①世の原則から神の原則へと変えられるよう。 

②互いに愛し、互いに赦し合えるように。

次回説教

 聖書箇所 Ⅰコリント6:9~20

 説教題  神の国を相続する」 


 
 
 

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